人間は自由権を持っている。他に迷惑をかけない限り、何でも自由である。当然死ぬのも自由である。即ち、死ぬ権利を持っている。
ところが大切なこの権利は完全に無視されている。そんな権利があることなど、始めから誰も考えようとはしない。
どんな苦痛にさいなまれ続け、回復の見込みが完全に無くても、生きる価値はある。生きる価値はそれほど大きいのである。
しかし、体の自由がきかなくなって、生きるためには他人に、大きな負担をかけざるを得なくなったとき、その心労は、生きる価値を超える。そんな時、人は死にたいと思う。ところが死ぬのは極めて難しい。
電車に飛び込むのは、多大な迷惑をかける。迷惑をかけたくないから、死にたいのだから、これでは矛盾している。首を吊っても、結構迷惑をかける。
ある妙薬があって、これを飲めば、眠るように自然に死ねる。そんな薬があれば、どんなに良いだろうか。
人には死ぬ権利があることを皆が認めるようになれば、この薬は、簡単に作られるだろう。脳死で植物状態になったとき、本人には、もはや、どうすることもできない。死ぬ権利は完全に無視され、いつまでも生かされ続ける。これは残虐行為である。回復の見込みがないことが確認されたときは、すぐに死なせてあげるべきである。極度の認知症の場合も同様である。
人には死ぬ権利があることを、誰も考えようとしないのはふしぎである。
ところが大切なこの権利は完全に無視されている。そんな権利があることなど、始めから誰も考えようとはしない。
どんな苦痛にさいなまれ続け、回復の見込みが完全に無くても、生きる価値はある。生きる価値はそれほど大きいのである。
しかし、体の自由がきかなくなって、生きるためには他人に、大きな負担をかけざるを得なくなったとき、その心労は、生きる価値を超える。そんな時、人は死にたいと思う。ところが死ぬのは極めて難しい。
電車に飛び込むのは、多大な迷惑をかける。迷惑をかけたくないから、死にたいのだから、これでは矛盾している。首を吊っても、結構迷惑をかける。
ある妙薬があって、これを飲めば、眠るように自然に死ねる。そんな薬があれば、どんなに良いだろうか。
人には死ぬ権利があることを皆が認めるようになれば、この薬は、簡単に作られるだろう。脳死で植物状態になったとき、本人には、もはや、どうすることもできない。死ぬ権利は完全に無視され、いつまでも生かされ続ける。これは残虐行為である。回復の見込みがないことが確認されたときは、すぐに死なせてあげるべきである。極度の認知症の場合も同様である。
人には死ぬ権利があることを、誰も考えようとしないのはふしぎである。
コメント (1)
ちょっと、どこかの宗教団体から攻撃されそうな意見ですね。
でも、矛盾するから殺されはしないかな?中世の暗黒時代になってしまう?
その妙薬は、もしかすると、かのマイケルが使用したかもしれませんね。
投稿者: レイニン | 2009年7月11日 11:12
日時: 2009年7月11日 11:12